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神奈川県5連覇! 

2年連続全日本へ王手

    5月24日、夏の全国2年連続出場を目指して、神奈川県大会で優勝しました。これで相陽クラブとして、24年夏季大会(中体連)、24年秋季大会、25年春季大会、25年秋季大会に続いて「5連覇」を果たしました。6月21日の中学校王者との代表決定戦を制すれば、2年連続で横浜スタジアムに出場することになります。

    サーティーフォー保土ヶ谷球場の準決勝、先発を託された伊東投手。2番手を引き継いだ金井投手、そして2年生ながら決勝のマウンドに立った牧野投手。それぞれが持ち味を発揮して、無失点で激戦区神奈川県大会を制しました。

 

    内藤監督は言いました。「後藤コーチに『ユウセイ(伊東)行けるかな?』、『ハイ、行けます!』と信じて送り出しました」。決勝で代打に起用され長打を打った春日選手も、「山田コーチが『春日行けますよ!』と言ってくれました。私が見ていなくても、コーチが信じて送り出した選手がいい活躍をしてくれました」。

      夏の優勝はチーム一丸の勝利でした、応援団も含めて、相陽ファミリーの力を見せました。「トモヤー! 頑張って~」とかわいい声援を送っていたのは、選手の妹軍団。人呼んで、相陽ガールズ。元気一杯に応援団を指揮していた金井応援団長も、「大きな山を越えました!」と喜色満面でした。さあ、全国まであとひとつ! 相陽のハートフルベースボールは、今年も横浜スタジアムを魅了してくれることでしょう。

相陽クラブ4年目がスタート

野球は楽しい! もっと強くなろう!

2023年度入団の相陽クラブ第3期生(実質1期生)は、春夏連続の全国大会出場、

いずれも第3位という好成績を残してこの春に高校野球へと旅立っていきました。続く世

代も春の全日本少年大会出場を果たし、年度が替わった4月には、夏の全国2年連続出場

を目指して、まずは相模原ブロックを突破しました。「託された全国」、そして「託された日本一」の夢を引き継いでくれることでしょう。

    相陽クラブがスタートして2026年で4年目、すっかりクラブとしてのかたちが出来

上がってきました。部活動では3学年が同じスケジュールで活動していたのが、クラブと

なれば各学年ごとの活動となり、それぞれに指導者が付きます。保護者のかかわりも、部

活動では教員に一存だったのが、クラブとなれば全員の義務ではありませんが保護者との

連携が欠かせなくなります。保護者も学年ごとに役割が分担され、関われない保護者は応

援に専念するというやり方もクラブならではでしょう。相陽クラブは指導者・保護者一体

の運営体制を話し合って試行錯誤のもとに築き上げてきました。

    相陽クラブの指導体制の特徴は、5人全員が同じ考えで共有され、しかも全員が所属中

学校こそ違っても同じ教員であるということ。さらにコーチたちは内藤監督の教え子だったりで、指揮官の考えを理解しているからこそ指導がぶれないのだといえます。

    そんなクラブ体制だからこそ、選手たちは思う存分野球に取り組むことが出来ているの

だと思います。通う中学校が違っても、相陽クラブに集えば同じ野球仲間なのです。そし

て、選手たちはみんな「野球が好き」という点で一致しているのです。

     相陽クラブのベースにあるのが、自他共に「日本一の野球好き」と認める内藤博洋監督

の存在です。内藤先生は新町中に新任して、菅野智之さんをエースに関東大会まで進みま

したが、あと一歩で全国大会はかないませんでした。強豪ひしめく相模原で勝ち抜くのは

容易ではありませんが、内藤先生は「野球は楽しい、野球を楽しむことをもっと求めたい」という考えは変えないまま、一方でチームを強くすることを追求してきました。全国への壁は高く何度も跳ね返されましたが、そのたびに内藤野球は強くたくましくなっていきました。

    そして今の相陽クラブがあります。選手たちには厳しさを教えながらも、楽しむことも

決して忘れてはいけないと指導してきています。「勝つ」ことで、もっと楽しくなる。もっともっと上を目指せる。自分たちが勝っていても、負けた相手を尊重することも忘れてはいけない。そして、自分が関わっていない試合、関わっていないプレーでも仲間をたたえることも忘れてはいけない。その象徴がスタンドを彩る熱い熱い応援団です。全員で「いいねー!」と元気よく叫ぶ楽しい応援は昨年の横浜スタジアムでもすっかりおなじみになりましたね。知らない人も相陽クラブのファンになったのではないでしょうか。

    相陽クラブの野球は観る人のこころを動かす「ハートフルベースボール」。相陽クラブの野球に魅せられた人! また試合を見に出かけませんか。勝っても、負けても、楽しさを味わえるはずです。勝っても、負けても、明日も明後日もその先も、ずっと野球は続いていきます。野球の楽しさに終わりはありません。

応援ありがとう

相陽中吹奏楽部 いいね!

    全日本少年の横浜スタジアムに友情応援のブラスバンドの響きが帰ってきました。かつては出場全チームに横浜市の中学校吹奏楽部の友情応援があったのですが、今はそれもなくなり。しかし、相陽クラブの応援を担当したのは、相陽中吹奏楽部(相陽ウインドオーケストラ)。中学校コンクールで金賞を受賞している強豪です。初日の雨のなかでも、猛暑のなかでも、選手といっしょに戦ってくれました。心強い助っ人を得て、いつも元気いっぱいの金井応援団長もノリノリでした。相陽中吹奏楽部ありがとう!
    準決勝で惜しくも、戦いは終わってしまいましたが、最後に吹奏楽部部長さんから、うれしい言葉をいただきました。
「選手のみなさんが必死にボールを追っている姿に、私たちもチカラをもらいました。貴重な経験をありがとうございました」
    さあ、また日本一をめざしてがんばりましょう!    相陽中吹奏楽部のみなさんも、日本一になってください!

悲願の日本一は後輩に受け継がれた

    日本一を獲るためにのぞんだ今大会は、春と同じ第3位でした。しかし春は大敗を喫しチカラの違いを見せ付けられた作新学院にはガップリ四つで食い下がり、成長があらわれました。
     今大会最初の関門である準々決勝の上一色戦でもそうでした。練習試合でもなかなか勝てなかった相手に粘り勝ち!    試合後のエール交換ではこれまでとは立場が逆転し、常勝の強豪から「優勝してください!」と、涙の言葉とともに千羽鶴がたくされました。そればかりか翌日の準決勝のスタンドには相陽応援団といっしょに声援を送る彼らの姿がありました。やっぱり野球仲間って、いいですね!    これまで戦ってきたチームや指導者、保護者などさまざまな人のサポートする力が感じられた今大会。また、かならずこの場所に帰ってきましょう!

相陽のスピリッツは永遠に!

    そして最後に取り上げたいのが、たくさんのOBたちが今回も応援に駆けつけてくれたことです。内藤先生をはじめ監督コーチたちの教え子です。たとえば大沢中で初めて全国に出て8強まで勝ち進んだチームのキャプテン、八木達也さん。各学校の野球部で内藤先生といっしょに全国を目指していたメンバーです。
    とりわけ、2018年度卒業の相陽中野球部の人たちは、配球カードゲームの取材でお世話になりました。宮崎陽(ひなた)選手のお兄さん、宮崎陸さんは大学4年生。中学当時は小柄でしたが、カードゲームのセンスもバツグンでした。岸田健登さんはいま高1の岸田伸哉選手のお兄さんでした。当時もいまも変わらない「相陽スピリッツ」、これからも永遠に受け継がれるはずです。
    内藤先生は中学の監督になった新任のころから、野球は強いだけじゃいけない、楽しむことをもっと追求して行きたいと思って指導を続けてきました。楽しんで勝つ、でも勝つことでもっと楽しめる。勝つまでに味わった数々の負けも、失敗も糧にして成長していける。その内藤スピリッツも永遠に続くことでしょう。

新コーナー・スタッフ紹介

俺も相陽

俺たちが相陽

わたしもSOYO!

第 1 回 山﨑花蓮さん(マネージャー)

2024年12月28日、練習納めの日。内藤監督が選手・スタッフ全員の前で、クラブ史上初めての全国大会(春季・岡山)出場を達成したチームをたたえて、同時に「山﨑カレン! よくがんばった!」とマネージャーの頑張りも絶賛していました。相陽クラブ1期生にして、クラブ初のマネージャーでもある山﨑さんを紹介します。 

「人の役に立てる人間になりたかった」 

     山﨑さんは自身の野球経験もなければ、兄弟(高2の兄がひとり)も野球をやったことのない、いわゆる初心者。なぜマネージャーになったのかをまず聞いてみると、 

 

「小6の卒業文集に『人の役に立ちたい』と書いていたんです。中学に入って、部活はどうしよう? と考えていたとき、『野球部がマネージャー、探しているよ』という話を聞いたので、“これって、人の役に立つってことじゃない!”と思ったんです」 

 

     山﨑さんの入部当初の印象を3年生の保護者に聞いてみました。 

 

《入部当初は、野球のことを何も知りませんでした。ルールはもちろんポジションも知らずに、ただ何となく入部してきました。 

スコアを書いても文字が雑で読めなかったり、取り組みの姿勢の部分で叱られたりと、泣くこともしばしば……。 

たぶん、すぐに退部してしまうだろうなぁというのが始めの印象です》 

 

     ところが、山﨑さんは「朝が早くてつらかった」としても、厳しく叱られることがあっても、マネージャーを辞めることはありませんでした。

「そのころには、もう野球のことも、相陽クラブのみんなも好きになっていたので、私にはここでやめる理由なんてなかったんです」 

ベンチに入れないことが悔しくて

    相陽クラブでマネージャーを続けると決心した山﨑さんでしたが、マネージャーは何をすべきか、何をしたらいいのか、相談できるがいないと気がつきました。一人で考えていたところ、手を差し伸べてくれたのが3年生の保護者達。スコアブックの付け方は、子どもが小学生の野球チームにいたときに、おもに母親が経験しているし、父親は審判などもできる。高校野球を参考に、マネージャーは何をしたらいいかを教えてくれたのでした。 

 

    ふたたび、先の保護者の証言です。 

 

《ところが、彼女はそこから一生懸命に勉強しルールも覚えスコアもきちんと書けるようになり、さらには先生、保護者や選手への気遣いもできるようになりました》 

自ら動いて見つけた自分の仕事

     野球のルールも知らなかったという山﨑さんが、いかに一生懸命勉強したとはいえ、スコアブックを完全に付けられるようになるまで、相当な努力を重ねたと思われます。打者の打撃記録だけでなく、その結果によってランナーがどこへ動いて、アウトになったか、得点が入ったか。スコアブックをマスターすることは野球を疑似体験することにもつながると思います。そこで初めてマネージャーとして重要な戦力になれたのです。

 

「じつは春の全国(3月)のとき、スコアがまだ十分に付けられなくて。書けるようになっても、内藤先生から『今のカウントは?』と聞かれてもすぐに答えられなかったんです」

 

     スコアラーはベンチ入りメンバーとして登録できます。しかし、最初のうち山﨑さんはそれもかなわず。ベンチに入れないから、試合メンバーの選手とも会話ができない。そこで山﨑さんは「悔しくて。だから、応援のときメンバー以外の選手たちと頑張って話をするようにしました」。そうすると、試合のなかで『今の場面はこういうことなんだ』と、しだいに野球のことが深くわかるようになったといいます。これは素晴らしい努力だと思います。「ベンチの中にいるほうが、みんなの頑張っている姿を間近に見られますし、何を話しているかもわかりますから」。マネージャーとして、自分は何をしたらいいのか、自分の力で探すことができたのです。

 

「自分でも成長したな、と思います!」。笑顔をはじけさせて、自信たっぷりに山﨑さんは語りました。 

俺らのカレン、相陽の誇り

    チームメートの選手にも聞いてみました。大場悠都選手。山﨑さんと同期の3年生で、同じ相陽中学校生徒です。 

「やっぱり山﨑さんは、選手のことを一番に考えて、行動できていることがすごいです。荷物の準備とか、声掛けだったりとか。春の全国のときも、自分たちが忙しくて、野球や休養などに自分たちの時間を使いたかったとき、彼女は自分たちの代わりに動いてくれました。いつも助かっています」 

 

     そして、3年生の保護者もこのように証言していました。 

 

《今ではチームに欠かせないメンバーであり、自信を持って紹介できる相陽クラブのマネージャーです!》 

 

    山﨑さんの頑張りを見て、後輩の味水(みすい)あん(2年)さんも引き継いでくれるはずです。相陽クラブを日本一に! 内藤監督を胴上げし、山﨑花蓮さんを胴上げできる日はきっと近いでしょう。 

内藤博洋→山﨑カレンへ 

カレンへ

よく3年間頑張れましたね。

チームの看板がマネージャー。だと私は考えています。

選手が良い顔をしてやれているチームが増えて来たように感じています。選手ファースト。選手の力を発揮しやいすい環境づくり。

しかし、マネージャーファーストとは言われない。 

それはカレンが言う通り、選手の役に立ち、サポートをすることがマネージャーの役割の大部分だから。でも、そんなサポートをするマネージャーがイキイキした笑顔でいたら、このチームはどれだけ良い人間関係が築けているのだろう? 雰囲気が良いのだろう?

と考えさせられるからです。 

時には目いっぱいの笑顔をつくらなければいけないときもあったと思う。私に厳しく言われ、つらかったときもあったと思う。

それでも笑顔で、みんなに接して、頑張ってくれましたね。 

最近では心から野球を楽しむカレンの笑顔が見られますね。監督としてとても嬉しい。

 

でも、だからこそ、カレンには横浜スタジアム️で優勝して最高の笑顔と涙で引退させてあげたい。

カレンの笑顔はチームの笑顔であり、看板です。 

選手を信じて、チームの全員を信じて共に日本一を成し遂げましょう。

カレンの笑顔で日本一。

頑張ろ!!

内藤相陽ハマスタへ! 日本一へ!

相陽クラブ、初めての全日本少年軟式野球大会への出場権をつかみました。内藤監督にとっては悲願の横浜スタジアム。今度こそ日本一になりましょう!

全日本少年神奈川県代表決定戦へ!

夏の全日本少年軟式野球大会、中学生の甲子園、ハマスタ出場権を目指す神奈川県クラブの優勝チームは「相陽クラブ」に。かつては中体連の代表として優勝を重ねてきた相陽中学校ですが、今度はクラブとして生まれ変わり初の優勝。中体連との代表決定戦に臨みます。

相陽中3年生卒業おめでとう!

    3月16日、相陽クラブの3年生を送る会がおこなわれました。3年生のみなさん、中学校卒業、相陽クラブ卒団おめでとうございます!

     富樫球二キャプテンをはじめとする相陽クラブの3年生は全員が相陽中の生徒。彼らが入学したころは相陽中野球部の全盛期でした。1年になった年は春の全日本春季大会でベスト4、夏には全中出場と輝かしい時期。2年の春に相陽クラブが誕生すると、彼らが主役となる新チームから、相陽クラブとしてスタート。春の全日本春季神奈川大会では、あと一歩のところで全国出場はかなわず、翌春の全日本神奈川大会ではプレッシャーもあって敗退しました。しかし、そこから練習を積み重ね、夏の相模原大会に続いて、神奈川県大会で優勝! 福井県での全中出場こそ逃しましたが、持てる力を精いっぱい出しきって後輩のために道を切り拓いてくれました。

     この3年生たちが実質上、相陽クラブの第1期生でした(前半は相陽中野球部)。相陽での3年間の経験はこれからも、きっと生きていくはずです。次なるステージでも、“相陽魂(ハバチカス)”でがんばってください。

相陽中野球部のセカンドとして、好プレーを見せた渡辺日向は上級生たちに笑顔で迎えられる

相陽クラブとして初の公式大会、全日本春季神奈川大会は惜しくも準決勝で横浜隼人に敗れる

期待と責任でガチガチになる選手を内藤監督は笑顔で緊張をほぐしてあげる

最後の夏に向けて練習に励む古澤佳大

捕手としてチームのかなめとなった岸田伸哉

われらがキャプテン、われらがエース富樫球二

夏の神奈川大会、関東大会がかかる試合でナインが結束する

優勝をかけた決勝戦。サヨナラのチャンスに臨んで集中を高める原滉太

「相陽」の優勝は2年ぶり。相陽クラブとしては初だった

クラブ練習納めに駆けつけた3年生。高校ではそれぞれ違う道を歩んでライバルとなる

相陽球児に幸あれ!   高校でも自分なりの、自分らしい道を切り拓いてください

練習試合おじゃま日記・拡大版

[相陽クラブ編]2025.03.09(in国分寺二中)

鳥屋野ベースボールクラブ×相陽 ×国分寺ベースボールクラブ

 前週までの悪天候から一転、晴れ間が戻ってきた日曜日。相陽クラブの新3年・新2年チームが東京の国分寺ベースボールクラブのホームに出かけ、練習試合をおこなってきました。3月21日から岡山県で開催される「全日本少年春季軟式野球大会」に参戦するため、強豪チームと遠征を含めた強化試合に取り組んできました。この日も、新3年(Aチーム)は内藤博洋監督のもと秦野招待大会へ、新1年生は半田輝夫コーチによる練習、そして山田亮輔コーチに率いられたBチームが、昨年秋に東京都ベスト8まで勝ち進んだ国分寺ベースボールクラブの胸を借りに行ってきました。

    この日は、はるばる新潟から鳥屋野(とやの)ベースボールクラブもやってきました。この時期の新潟はまだ雪も残っていて、グラウンドが使えません。さらに、2024年元日に起きた能登半島大地震の影響から、地元の鳥屋野球場も使えないという状況。鳥屋野の選手たちは、鳥屋野中野球部員でもあり、放課後が終わってからは、そのままクラブチームに早変わり。この時期には『身体操作』と自分たちが呼んでいる、思い通りに身体を動かすための可動域のトレーニングやタイミングよく重心をコントロールするためのトレーニングに取り組んでいるとのこと。週末の実戦練習試合は、もっぱら関東をはじめとした遠征に頼っています。鳥屋野の近藤森(もり)監督(鳥屋野中教諭)が飛び込みで内藤先生に電話したら、「この週末は国分寺さんとやりますよ」と、今回の練習試合を紹介してもらったということでした。 

    さて、相陽クラブは早朝から国分寺二中に乗り込んで、ティーバッティング練習に取り組んだあと、第二試合で鳥屋野と対戦。新2年生が多いチームを相手に、足も絡めて9対1と勝利しました。鳥屋野は1イニングごとに投手を変えてきました。聞けば主戦級は第一試合に登板し、「三番手をみんなで競っています」と近藤監督。 

    昼食休みをはさんで、国分寺・八木監督のお願いから、山田コーチが国分寺選手にノックの“洗礼”を浴びせました。間髪いれずに、どんどんノックするのが相陽流。「もっと鍛錬をすれば伸びるぞ」という選手には「がんばれ、がんばれ!」と檄を飛ばしながらノックする山田コーチの指導に愛を感じました。チームは違っても同じ野球仲間。「うまくなりたい」という選手にはだれでも教えることをいとわない、生来の子ども好きである山田先生の素顔が見られたシーンでした。 

    ノックが終わった後に、相陽クラブ対国分寺ベースボールクラブの一戦。昨年は1年生チーム同士の練習試合で1勝1敗でした。今回、相陽の雪辱はならず。6対2で国分寺の勝利。しかし、ハイテンポでリズムのいい試合で好ゲームでした。練習試合がすべて終わったあとも、両チームでラン付きノックの練習を続けました。国分寺ベースボールクラブと新しいライバル関係も生まれた一日でした。4月にはAチーム同士の一戦も待っています。相陽クラブが全国から帰ってきて臨む練習試合も楽しみです。

    さあ、いよいよ相陽クラブとして初の全国まで秒読み、岡山での全日本春季大会に全力で臨みます!

→ 国分寺ベースボールクラブ編もご覧ください

See You Next Again!

相陽クラブ3年目にジャンプ!

2024年12月28日、相陽クラブ2年目の練習納めをおこない、 来年に向けての飛躍を誓いました。いっしょに汗をかいてくれるコーチ、献身的にサポートしてくれる保護者たち、そしてたくさんのOBにささえられて、全日本少年春季大会での日本一に向けてジャンプアップ!

国分寺BBC、石泉クラブと試合しました

相陽クラブ1年 ✕ 国分寺BBC1年

相陽クラブ2年 ✕ 石泉クラブ2年

さがみはら中学野球新時代

    2024年度の相模原市民選手権(中学生の部)は、優勝が相陽クラブ、準優勝が相模TKS、3位は東林TKSCと清新中学校。さらにハイドレンジャーズ(女子)がベスト8と、クラブチームが上位に入るという新時代を迎えました。
    相陽クラブと相模TKSの決勝戦はコールドの大差で相陽クラブが制しました。しかし、全日本少年春季の県大会決定戦では、相模TKSが勝利にあと一歩まで迫るも逆転負け。短い期間に広がった両クラブの差はどこにあったのか?  来春までに差は縮まるのか?   楽しみな来シーズンです。

 おめでとう!全国初出場

 相陽クラブ優勝で春の全日本少年へ

【2024.09.22 掲載】

    9月15日から行われた全日本少年春季大会神奈川県大会は、相陽クラブが初めての優勝で2025年3月に岡山県で開催される本大会に出場することが決まりました。相陽クラブとしては、夏の県大会に続いての優勝で、全国大会出場は初となります。詳細は、のちほどレポートします。

 春の敗戦を切り替えて勝負の夏

 相陽クラブとして初の優勝 

【2024.08.02 掲載】

 8月1日、神奈川県中学総体軟式野球の部決勝戦で「相陽クラブ」が川崎市立大師中学校に1対0で勝利し、優勝を決めました。相陽中学校野球部として数々の栄光(前回優勝は2022年)を刻んできましたが、クラブチームとして生まれ変わって、今年は県大会も初出場、そして初優勝と新たな歴史を刻みました。
 
 クラブ創設2年目の2024年は苦労の連続でした。2023年は文部科学杯神奈川県大会準決勝、あと一歩での敗退。それでも冬の間に力をつけて「K1大会」で優勝。しかし万全で臨んだはずの5月の全日本神奈川県大会は、まさかの準決勝敗退でした。1点をリードして迎えた6回裏、金縛りにあったかのようなミスの連続で逆転負け。「なぜだ! 練習してやってきたことができなかったのは」。試合後、内藤監督は選手だけでなく、自分自身に問い続けました。「これから、福井全中に向けて切り替える、なんて簡単に言えない!」。
 
 それでも時間は待っていてくれません。なかなか切り替えられず、表情にも元気が見られない冨樫キャプテン。内藤監督と話していても、いざあの日の試合の話になると、二人で涙ぐんでいた日々。「監督の私が先に切り替えられないと、冨樫はじめ3年生の夏が終わってしまう」。そこから完全に切り替えたと言います。「これをやっていれば間違いない、という取り組みを続けていれば必ず結果が出る、という不思議な自信もありました」。内藤スマイルが戻ってきて、相陽クラブも本来の姿を取り戻したのです。

 これまで攻撃面がクローズアップされてきた相陽クラブでしたが、今大会はピンチに動じない強固な守りの面もクローズアップされました。自分たちが負けるなんて、これっぽちも思っていない。だから準決勝で3点をリードした直後に冨樫キャプテンが打ち込まれて追いつかれても、なかなかスコアが動かない決勝戦でも、最後まで自分たちを信じて相陽野球をつらぬいて、タイブレークのサヨナラ勝ちにつながったのです。

 思えば、内藤相陽がスタートした9年前から、あと一歩で全国に手が届かない苦労の連続でした。それでも、あきらめず、何度も高い壁にチャレンジしてきました。ようやくその苦労が報われた2021年、初めての全国大会出場が決まりました。決勝戦には当時のOBも駆けつけていました。
 
 さあ、ここからが正念場。優勝の喜びに浸ってばかりはいられません。8月7日から始まる関東大会に向けて、相陽クラブはもう気持ちを切り替えているでしょう!

相陽中野球部  内藤先生

9年間ありがとうございました!

相陽中学校野球部を9年間率いてきた内藤博洋先生が、令和5年度をもって転任することになりました。全国大会出場3回をはじめ素晴らしい成績とともに、多くの選手たちを強くしてくれました。ありがとうございました。そして、相陽クラブの監督として、今後ともよろしくお願いします。
(写真は、初めて神奈川県大会に出場したときのバッテリー、高橋幸也(ゆきや)選手=左と、豊田駿(しゅん)選手=右に囲まれた内藤先生)

 神奈川を制して全国そして日本一へ 

 相陽クラブ初のK-1王者に 

【2024.03.15 掲載】

    神奈川136のチームがナンバーワンを目指して戦う「第16回K-1大会」で、相陽クラブがチャンピオンになりました。相陽中学校時代を含めて3度目、クラブとしては初のタイトルを獲得。新年度に始まる全日本少年神奈川県大会に向けて弾みとなる優勝をつかみました。

    11月に開幕したK-1大会は年をまたいで、3月10日に決勝戦を東京の国士舘大学多摩キャンパスの国士舘高校野球場でおこないました。相陽クラブの相手は、同じ相模原の強豪・新町中学校。昨年は相模原市民選手権で新町が、相模原市秋季大会で相陽が勝って1勝1敗。  

新町中学校 0000020 0|2

相陽クラブ 0002000 1|3X  


     試合はたがいに先頭打者がヒットで出塁するという打ち合いを予想させるスタート。新町は毎回のようにヒット(計11安打)を放ち、相陽は静かな立ち上がり。均衡が破られたのは4回。この日は前々日の降雪によるグラウンド整備で開始時間が遅れ、国士舘大学生らの懸命な除雪作業をもっても、内野の一部はぬかるみ状態。三塁前の守備でたがいにミスが生まれました。4回ウラを守る新町が連続エラー。攻める相陽がたたみかけて2安打を浴びせて2点を先取します。それでも、追加点のチャンスに加点できず、6回オモテ、新町は三塁打と前進守備を突いた強打で追いつきます。しかし、ここで逆転を許さなかった相陽の粘り強さが試合を引き締めました。新町は三塁エンドランをことごとく封じられ、ダブルプレー3つでチャンスをふいにしました。結局、タイブレークの8回ウラ、無死一二塁からの犠打がエラーを誘ってサヨナラ勝ちで相陽が熱戦を制したのです。 

「いやー、強かった!」と新町首脳陣も脱帽した相陽クラブの戦いには、昨秋以降の成長が感じられました。1週間前、相陽中グラウンドでは春の全日本大会に出場する山梨代表チームと練習試合をおこない、相陽はチャンスにたたみかけられなかったことで逆転負けを喫していました(写真)。思えば春の全日本出場を懸けた9月の神奈川県大会準決勝、5点差を追いついたまでは良かったものの、一気に逆転できずに涙をのんでいました。相手にトドメを刺せなかったのは、K-1決勝でも同じことでしたが、そこで崩れなかった精神力の強さは王者にふさわしいものでした。あとは、攻撃で「もう1点!」「まだまだ獲るぞ、2点3点」守備でも「絶対に次の1点は許さないぞ!」という勝負際でもっともっと強くなれるかです。 

(左から、半田輝生コーチ・内藤博洋監督・後藤拓也コーチ) 

     K-1決勝で闘った両チームは、このあと全日本少年神奈川県代表決定戦でもふたたび闘うことが想定されます。相陽クラブは今年、クラブチームの神奈川県大会に臨み、優勝したら、中学野球部が覇権を争う神奈川県大会の王者と全国出場を懸けて闘うわけです。野球部から生まれ変わった相陽クラブを先頭に、神奈川県の中学野球が大きく変わっていくことを予感させる2024年シーズン。幕開けは、もうすぐそこまできています。 

相陽クラブ

【Vol.002】 

クラブ初の全国にあと半歩

【2023.10.15 掲載】

    相模原市で初めての中学軟式野球クラブ、「相陽クラブ」は夏休みを境に野球部から本格的なクラブチーム活動に切り替わり、これからは中体連ではなく野球連盟のチームとして公式戦に臨むことになりました。

    相陽クラブの新しい船出は、春の全日本少年大会出場を懸けた神奈川県大会。支部(県央)代表戦を勝ち抜いて、寒川町でおこなわれた県大会に臨みました。初戦は2年前の決勝で、相陽中野球部として敗れたBBC横浜ジェイズ。先発の富樫球二キャプテンが素晴らしいピッチングで寄せつけず快勝。続く川崎市立御幸中学校との試合でも、攻守に圧倒してコールドで準決勝に進みました。

    準決勝に勝てば2枠に与えられる神奈川県代表として全国へ。相手は夏の全日本少年に出場した横浜隼人中学校。初回に先制するも、直後に富樫キャプテンが打ち込まれて1-6と大量リードを許します。それでも、2年生1年生ほぼ同数で構成された相陽クラブは、徐々に追い上げて6回裏にとうとう追いつきます。7回裏、サヨナラの満塁機を逃すとサドンデスの8回表に二死から1点を献上、その裏の反撃もつながらず、惜しくもわずかに全国には届きませんでした。

    相陽クラブ第1期生は2023年度の新入生、クラブチームなので相陽中生以外の中学1年生も入会しました。新チームの1年生は14名、2年生11名はすべて相陽中生ということです。スタメンでは2年が5名、1年が4名。試合が優位に動いた試合では、ベンチの選手たちも代打代走で成長した姿を見せました。神奈川県大会は猛暑の残暑という厳しい試合でしたが、最後まで声を出して試合に関わった1年生に対して、内藤監督も「よく集中が続くようになったな。守備でも良かったぞ」と褒めるシーンも見られました。一方、最後のアウトのコールを聞く前に「勝った」とベンチを飛び出した選手に対しては、「相手チームに対してのリスペクトが欠けている」と注意することも忘れませんでした。 

    とにかく、新チーム最初の公式戦でクラブ創設初の全国出場はかなわなかったものの、第3位となり関東北信越大会の代表権をつかみました。自信を得たと同時に足りない経験などの課題も見えた大会だったでしょう。
    準決勝、3位決定戦を終えたあと、内藤監督は勝敗の重みを感じているだろう選手たちを呼んで話を聞いていました。サヨナラの好機を決められなかった選手、あとわずかで捕れずに決勝点を与えてしまった選手、ラストチャンスで一打が出なかった選手。それぞれに自分の課題が見えていただけに、内藤監督も「次に同じチャンスが来たら、かならずやってくれるよな!」と胸にしみるゲキを送りました。直後、堪えていた涙がみるみるこぼれた選手が印象的でした。


    あくまで野球が好きで好きで、つねに真摯に向き合う選手たち、そしてそれを支える指導者・保護者たち。彼らの笑顔が見たいから。次の試合も、そのまた次も。気がつけば、ずっと応援したくなるチームなのです、相陽クラブとは。

プレーヤーのツボ【File 002】

高校でもSOYO魂!
おれたちがハバチカス

(相陽クラブ)

2023年の3年生部員たちは、わずか7人ながら、先輩たちの続けてきた連続全国出場、そして悲願の日本一を目指して頑張ってきましたが、その挑戦は8月を待たずに終わりを告げ、引退する運びとなりました。

相陽クラブ(相陽中野球部)の合言葉、「ハバチカス」。九州地方由来の「幅を利かす」「名をとどろかせる」という意味です。中学野球で十分に幅を利かせることはできませんでしたが、高校でのさらなる飛躍・活躍を祈って、内藤博洋監督から最後のメッセージをお届けします。

後ろ左から、③星野 ⑧横山 ⑨赤沢 ⑦舟久保
前左から、①寒河江 ⑥井澤 ②山口の各3年選手たち


●井澤桜輔:ショート(主将)

 井澤桜輔は、いつも前キャプテンの北島茂登と比べられていました。北島茂登というのは私の自慢の教え子なんですが、その自慢の教え子を「キャプテンのお前が超えてくれよ」というメッセージを、私はいつも井澤桜輔に込めていました。
 井澤桜輔のことを「嫌い」というヤツは一人もいないと思うんです。それは彼の取り組みだったり、このまなざし。いつもの彼の振る舞いが選手みんなを奮い立たせるキャプテンだったんじゃないかと思います。みんなに聞いてみたい。彼を好きだという選手たちは? おそらく全員だと思います。それくらい、私の自慢のキャプテンでした。これからも、井澤桜輔の応援をよろしくお願いします!

●赤沢 啓:ライト

 赤沢啓は1年生のとき、いつも怒られていました。お前は気持ちが伝わってこないと。でも、去年の3年生の保護者の方がこんなことを言っていました。赤沢啓はすごく良い思いをもっているのに、それが表現できないんだ。あの子は損しているよねと。そうなのかなーと思って、赤沢啓に目を向けると、いつでも真面目にプレーしている。赤沢啓がサボることってないんですよね。ああ、このことを言っているんだと、私が保護者から教わりました。
 気持ちのなかで「ぜったいに全国行ってやるぞ!」「ぜったいに全国行ってやるぞ!」という選手としての思いは、もしかしたら、赤沢啓がチームで一番持っていたんじゃないかと思います。
「高校でも野球やります」って言ってくれていたんで、赤沢啓の応援も、引き続きよろしくお願いします!
 
●寒河江佑也:ピッチャー

 私がユウヤを知ったのは、彼が小学校3年生のときでした。新磯パワーズに少年野球を見に行って、そのときは6年生を見に行ったんですが、背番号13の彼がキャッチボールしていたのを見たんです。ものすごい、いいヒジの上げ方をしていて。3年後ぜったいに佑也を取って、全国に行ってやると決めました。
 6年前から彼にほれていました。なのに、私が彼を全国大会に連れて行ける監督ではなかったことを非常に申し訳なく思っていますが、相模原で一番のエースといったら誰か。「それは寒河江だ」とおそらくみんながそう思っています。「高校に行ってリベンジします」と寒河江は言っていますので、ぜひ寒河江佑也の応援も、引き続きよろしくお願いします。
 
●舟久保雄人:レフト

 舟久保は野球部に入ってきたときに本人も言っていましたけど、自他共に認める「ポンコツ」です(笑)。でも、舟久保の背番号7に勇気をもらった後輩たちはいっぱいいるはずです。
 相陽中は全国にも出られるようなチームです。そのなかで舟久保が努力で勝ち取った背番号7は、子どもたちだけでなく、俺たちにも勇気を与えてくれたなと思っています。舟久保はこれからもきっと、努力でいろいろなものを勝ち取ってくれると思います。ぜひ、舟久保の応援も、引き続きよろしくお願いします。
 
●星野怜音:ファースト兼投手

 星野怜音という小学校6年生の、旭フェニックスのすごい左ピッチャーがいる。話を聞いてみて、しかも相陽中学区だよと。星野怜音が欲しい。星野怜音がウチのチームに入ってくれたら、とずっと思っていたんです。ところが、硬式のクラブチームに行くという話を聞いて、彼が入学した1年6組に足を運んで、「どうだ? どうだ?」とずっとチクチクチクチク聞いてたんです。
 気がついたら、彼はそこのクラブチームは辞めて、卓球をやっていたんです。「じゃあ、ウチに卓球部があったら来いよ」と本当は言いたかったんです。でも、それも違うなと思って。レオンに声かけなかったんです。
 そうしたら、去年の夏くらいかな、「先生、僕野球やりたくなりました」と言って、入ってきてくれたんです。正直言って、そのときの眼を見たら、今の眼と違っていたと思うんです。星野が相陽中野球部に入ったときから、みるみるうちに表情が変わったというのは、私だけでなくおそらくお父さんお母さん方も気づいていたと思います。
 レオンは野球をやることで、こんなにキラキラした眼ができるんだと思います。私もレオンから、野球をやることの素晴らしさを教わりました。神奈川の高校に進学して、これからも野球を続けると言っています。しかも左ピッチャー! 星野怜音というピッチャーが活躍しますので、ぜひ応援よろしくお願いします。
 
●山口蒼太:キャッチャー

 山口蒼太は1年6組だったんですけど、この子を本当にいっぱしのキャッチャーにしたいと思って毎日、1年6組に行ってソウタのぐちゃぐちゃの机の上のプリントを「これはココだよな」と一緒になって整理をしたんです。そういう丁寧な取り組みができるソウタに育てたいと思っていました。
 それから2年。ボールに土がついていたら、私が言わなくても、ピッチャーが投げやすいように両手でボールを揉んであげて、ピッチャーに返して上げられるキャッチャーになりました。これも、みんなに聞いてみたい。山口ソウタがいるとチームが明るくなるなと感じているヒト。(全員が挙手。山口選手も?)自分で上げるな(笑)。
 私もいろんなキャッチャーを見てきましたけど、一緒に野球をやってきて、こんなに明るくしてくれるキャッチャーってそうそういない。相陽中の歴史のなかでも屈指のキャッチャーでした。ソウタはこの明るさで次のチームも引っ張ってくれると思いますので、山口蒼太の応援も引き続きよろしくお願いします!
 
●横山翔摩:センター

 横山翔摩は本当に、よく3年間続きました。ショウマは野球をやるか本当に迷っていたんです。そうしたら、去年の3年生のお父さんが「横山という子が体験に来たいと言っているんだけど、いいですか」と。実は彼は少年野球をやっていて、途中で辞めちゃったんです。だから相陽中に入ってくるとき、ぜったいに3年間続けるという条件付きだぞと約束をしました。自分の気持ちのコントロールがうまくいかなかったりすると、不貞腐れたりしたんですけど。
 今のショウマの眼を見てください。こんだけイキイキ、野球ができるショウマに成長してくれました。私も野球をやっていなかったら、ただのチンピラだと思いますけど…そこでウンウンと言ってるヒト、何(笑)?
 ショウマも野球に救われた一人だと思います。ショウマは高校でも野球をやりたいです、ってキラキラした眼で私のところに言いにきてくれました。本当に野球って、ヒトを変えてくれると思います。ショウマの活躍と応援を引き続きよろしくお願いします!

内藤博洋監督から、保護者の方々へ

     私がこの相陽中に来て、今年で9年目になります。この9年間、何をやってきたかといわれたら「野球をやりました」。自分でも「内藤は頑張っていない」と言う人は「いない」と信じていますが、敵もたくさんつくりました。
    この9年間、相陽中野球部のために頑張ってこられたのは、私一人ではできなかったことです。ここにいる選手たち・保護者の皆さん・スタッフの先生方・学校による支援。何一つ欠けても、できなかったと思っています。
    私は相陽が好きで、相陽というブランドを全国に広めたくて、今年「相陽クラブ」をつくりました。相陽中野球部としては、今の3年生が最後の世代になり、新チームから相陽クラブとしてスタートしますが、この伝統のユニフォームで続けることはOBたちの希望でもありますので、この「SOYO」を全国にハバチカシていきたいと思います。SOYOで日本一を本気で狙っていきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

【2023年7月30日:相陽中グラウンドで】

相陽クラブ第2ステージへ

【2023.08.05 掲載】

 相模原市中学野球で初めての軟式クラブチームとして、2023年4月にスタートした「相陽クラブ」が初年度(上期)の活動を終えました。

     相陽中学野球部として、最後の世代として託された3年生チームの成績は、

 全日本春季 予選リーグ敗退
 秋季大会 相模原市 優勝
 春季大会 相模原市 第3位
 相模原市民選手権 第3位
 夏季大会 相模原市 第3位(神奈川県大会出場)
 
 神奈川県夏季選手権大会 1回戦敗退

    2021~22年と3季連続全国大会出場という最強世代の後をついでスタートしましたが、23年チームの全国出場はかないませんでした。

     相陽クラブ第1期生として入会した、相陽中生を含めた1年生15名は、公式戦では相模原市民選手権でデビューし、2試合を勝ちました。
    新チームからは、 相陽中野球部ではなく、 正式にクラブチームとして「相陽クラブ」の名前で、全日本少年春季大会の予選に臨みます。同地区の強豪、相武台フレンズとの代表決定戦が8月下旬に控えています。 

    相模原市では、夏季の選手権から、クラブチームの参加(女子チームのハイドレンジャーズ)をまじえておこなわれるようになっています。市内の中学校でも同地区でクラブチーム化する動きも出ているようです。
    相陽クラブをはじめとする、相模原市中学野球の動きから目が離せなくなりました。今後の動きもレポートしていきたいと思います。

相陽クラブ

 

【Vol.001】 

 託された全国そして日本一 

野球を究め楽しんで勝つ!

【2023.03.01 掲載】

(c) Soyo Club 


    全国大会3季連続出場の強豪・相陽(そうよう)中学校。監督の内藤博洋(こうよう)先生が「相模原の太陽」のように、明るい野球好きのキャラクターで引っ張る、もはや中学野球界で知らない人がいないほどのチームなので、くわしい説明は要らないかもしれません。(参照→ 「内藤監督インタビュー」
 
     その相陽中野球部が令和5年度(2023年度)から、相模原市で初の中学軟式野球クラブチームとしてのスタートを切ることになりました。内藤先生は地元の小学生を対象にした「野球塾」にボランティアコーチとしてたずさわっています。その生徒たちが「内藤先生の野球は楽しい!」と、相陽中野球部の体験会を経験したうえで、学区にかかわらず入会し、新年度からクラブチームとして始動することになっています。
 
    実際に相陽クラブとして公式戦に出場するのは、秋の新チームからと内藤監督は考えていますが、最初の年は試行錯誤でしょう。野球王国・相模原でも野球部の人員不足が懸念されている一方、相陽中の部員数は現状では足りています。さらに選手数が増えて「パワーバランスが崩れるのではないか」と心配する声もあるようです。しかし、相陽中に刺激を受けて他の中学校でもクラブチーム化を前向きに検討する動きもあると聞いています。
 
    いずれにせよ、相陽クラブの発足が中学野球に新しい風を起こすことは間違いありません。今後の展開から目を離せなくなった相陽クラブ、そして相模原市中学野球、神奈川県の中学野球。今後も随時、この『球児くん』でレポートしていきたいと思います。

中央が内藤博洋監督、左が後藤拓也コーチ、右が山田亮輔コーチ(いずれも、相陽中学校教諭)

練習のツボ【File 001 】

相陽アップ

(相陽クラブ)

相陽アップの目的は

①身体をあたためる。
②気持ちをあたためる。
③可動域を広げ、柔軟性を養う。
④チーム全体の一体感をつくる。
⑤対戦相手を真剣にさせる。
 最後の「対戦相手を真剣にさせる」というのは、試合前に「相陽中は本気だぞ!」と思わせて、相手の闘争心をかき立てるという狙いからです。
 
相陽アップは体の全ての部分を動かし、全筋肉を使っています。

基本的には

1.スピード神経を鍛える
2.強さ(パワー)を生み出す
3.声と体の連動。リズム感をつける(時間の間隔を身に付ける)

のメニューを交互に行っています。
 野球では、あらゆる動きが求められます。それは日常生活ではまず「やらない」だろうという動きなので、アップで十分に動けるカラダをつくらなければなりません。投げる・打つ・捕る・走るなどの野球における、あらゆる動きができるように、カラダをつくっていくことを『モビリティ』と呼んでいます。このモビリティで野球をやるカラダを作ってから、練習や試合に臨んでいます。

★胸を張ってランジ
 大股で踏み出して歩きながら胸を張って、股関節と胸郭をのばす。踏み出すたびに「イチニッ、サン」「ニーニッ、サン」と大声を出す。野球は三拍子を基本とするリズム。一番力をアウトプットしなければいけないのが『3』。まずは声でアウトプット! そして体でアウトプット!

★もも上げ歩き
 ヒザをまっすぐ胸の高さまで上げて歩くことで、股関節をほぐす

★うさぎ跳び歩き
 うさぎ跳びのように後ろに両手を回して、お尻を落としながら一歩一歩歩く。股関節の動きを柔軟にしてゴロ捕球など低い姿勢を維持する力をつける

★ダッシュ
 盗塁のリードを取るようにサイドステップを踏みながら、合図でスタートダッシュする

★2ウェイ・ダッシュ
 盗塁のリードを取るように低い姿勢でマウンドの投手を探る動きから、合図でスタートダッシュか、バック(帰塁)するかを選択して素早く反応する

★リズミカルスイング
 音楽をかけながら素振り。リズミカルにスイングするが、時折「アウトコース低め!」などと声の指示が飛んだら、コースをイメージしながら振る。最後にカラダをほぐすため、その場でジャンプする。DA PUMPの『U.S.A.』だったら、「カーモン、ベイビー、アメリカ~」のところでジャンプに移る

最後はノック! さあキャッチャーフライ捕れるか?!

捕れたら全員で祝福して、気持ちを盛り上げよう!

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